メーカー/原産地 | 国内 | 商品の状態 | 新品 |
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発送国 | 国内 (日本) | ||
材料/素材 | 垂加社の由来/昭和7年/山崎闇斎先生が晩年に自らの心神を祀り高弟の出雲路信直に託し最終的に末社猿田彦社の相殿に垂加社として合祀された 商品説明 垂加社の由来/昭和7年/山崎闇斎先生が晩年に自らの心神を祀り高弟の出雲路信直に託し最終的に末社猿田彦社の相殿に垂加社として合祀された 昭和7年 11P 部数は少なそうです。資料用にもいかがでしょうか。 山崎闇斎先生は江戸時代初めに神道と儒学を関連させつつ独自の説を展開・実践した異彩を放つ学者でした。先生はまず儒学(特に朱子学)を深く研究し儒者として徐々に知られるようになり会津藩主の保科正之に招かれます。また神道にも目覚めて広く研究し神道の奥義を伝授されました。神儒を究める中で神代より皇統が例外なく受け継がれ続けてきた日本は、革命の無い忠義が実現されている国柄であり、将来も君臣が合体して敬(つつしみ)を以って真の道を実現していく事が理想の姿であると主張されたのです。その門下及びその末流に多くの英傑及び志士が輩出され、幕末の勤王思想、国民自覚精神鼓吹の大なる先覚者であります。 高弟には正親町公通、浅見絅斎、渋川春海(幕府天文方)、谷重遠(子孫に谷干城)などが挙げられ、公家、大名、祠官から庶民にまで至り、続いて若林強斎、竹内式部、幕末には梅田雲浜、有馬正義(新七)などに受け継がれました。浅見絅斎の著した忠臣義士の史実に評論を付した「靖献遺言」は吉田松陰をはじめ多くの志士たちが愛読しました。 この垂加社の起源は、先生(霊号 垂加霊社)が晩年にお祀りされた自らの清らかな幸魂奇魂(心神)を封じた霊璽(御霊代)を、高弟の一人で下御霊社 神主出雲路信直に託され、最終的に末社猿田彦社の相殿に垂加社として合祀されました。 山崎闇斎【やまざきあんさい】 江戸初期の儒学(朱子学)者,神道家。名は嘉,字は敬義(もりよし)。京都の人。初め妙心(みょうしん)寺に入り僧となる。のち土佐で谷時中(じちゅう)に学び儒に転じ,京に帰り還俗(げんぞく)。1658年以降は毎春江戸に出て,伊予(いよ)大洲(おおず)藩の加藤氏,陸奥(むつ)会津(あいづ)藩保科氏など諸大名の信任を得た。晩年は京にとどまり,著述と門下育成に努めた。彼の提唱した朱子学は闇斎学とよばれ,吉田神道と朱子学とを合わせて垂加(すいか)神道を創唱。熱烈厳格な教育で,門下生(崎門(きもん))は6000人を数え崎門三傑と称された佐藤直方(なおかた),浅見絅斎(けいさい),三宅尚斎(しょうさい)らが輩出。著書《垂加草全集》《文会筆録》など。 お探しの方、お好きな方いかがでしょうか。 品ですので傷・黄ばみ・破れ・折れ等経年の汚れはあります。表紙小傷、小汚れ、発行年に記入あり。ページ黄ばみ。昭和7年ですので経年感はあります。ご理解の上、ご入札ください。28931注意事項 できる限りスムーズな取引を心がけておりますので、落札後2日以内にご連絡頂きますようお願い致します。 評価が悪い方からの入札は固くお断りします。特に外国人代行業者など評価の悪い方が入札された場合には予告なく削除する場合があります。 細部に至るまではチェックしておりませんので、書き込みや蔵書印等ある場合があります。ご理解の上、ご入札ください。 ほとんどは一般的な本ですので、状態に神経質な方はご入札をご遠慮ください。 商品は入金確認後、通常1-2営業日中に発送させていただきますが、土日を挟む場合には、週明けの発送となる場合があります。 かんたん決済でおこちらの商品案内は 「■@即売くん4.88■」 で作成されました。 この他にも出品しておりますので宜しければご覧ください。 |
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商品満足度
4.6 -
採点分布
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5つ★
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4つ★
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3つ★
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2つ★
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1つ★
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5つ★
項目別評価
- つけ心地
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満足です
97%
- 発色の良さ
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満足です
97%
- 盛れ感
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満足です
94%
- つけ心地
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- 満足です
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- イマイチ
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- 発色の良さ
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- 満足です
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- イマイチ
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- 盛れ感
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- 満足です
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- イマイチ
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